福岡地方裁判所 平成3年(行ウ)29号 判決 1995年3月14日
第一事件原告(承継前の第二事件原告、以下「原告」という。)
(亡)中嶋豊治
第一、第二事件原告兼原告亡中嶋豊治第二事件訴訟承継人(以下「原告」という。)
中嶋明子
第一、第二事件原告兼原告亡中嶋豊治第二事件訴訟承継人(以下「原告」という。)
中嶋知子
第一事件被告(以下「被告」という。)
福岡市東福祉事務所長
池田正廣
第二事件被告(以下「被告」という。)
国
右代表者法務大臣
前田勲男
第二事件被告(以下「被告」という。)
福岡市
右代表者市長
桑原敬一
原告ら訴訟代理人弁護士
林健一郎
同
平田広志
同
八尋八郎
同
岩城邦治
同
小野山裕治
同
梶原恒夫
同
椛島敏雅
同
池永満
同
久保井摂
同
井上滋子
同
石渡一史
同
甲能新兒
同
下東信三
同
松岡肇
同
前田憲徳
同
伊黒忠昭
同
原田直子
同
上田國廣
同
大神周一
同
大谷辰雄
同
小宮和彦
同
古屋勇一
同
前田豊
同
渡邊和也
同
古屋令枝
同
山下昇
同
宇治野みさゑ
同
用澤義則
同
出田清志
同
内田敬子
同
名和田茂生
同
林田賢一
同
堀良一
同
稲村晴夫
同
浦田秀徳
同
小島肇
同
田中久敏
同
田中利美
同
山本一行
同
小澤清實
同
幸田雅弘
同
井上道夫
同
小林洋二
同
小泉幸雄
同
岩本洋一
同
田邊宣克
同
津田聰夫
同
増永弘
同
矢澤昌司
同
美奈川成章
同
津留雅昭
同
三浦久
同
吉野高幸
同
住田定夫
同
配川好寿
同
荒巻啓一
同
河邊真史
同
年森俊宏
同
蓼沼一郎
同
安部千春
同
田邊匡彦
同
尾崎英弥
同
横光幸雄
同
高木健康
同
馬奈木昭雄
同
内田省司
同
高橋謙一
同
三溝直喜
同
塘岡琢磨
同
井手豊継
同
一瀬悦朗
同
岩田務
同
牟田哲朗
同
松坂徹也
同
萬年浩雄
同
春山九州男
同
南谷洋至
同
岩城和代
同
船木誠一郎
同
作間功
同
吉村敏幸
同
橋本千尋
同
矢野正剛
同
安部尚志
同
藤尾順司
同
八尋光秀
同
福島康男
同
福島あい子
同
倉岡雄一
同
村井正昭
同
川副正敏
同
辻本育子
同
登野城安俊
同
江上武幸
同
小宮学
同
吉村拓
同
中尾晴一
同
前野宗俊
同
永尾廣久
同
中野和信
同
角銅立身
同
諌山博
原告ら代理人平田復代理人
深堀寿美
被告ら指定代理人
山本裕史
外六名
被告国代表者法務大臣前田勲男指定代理人
川久保重之
福岡市東福祉事務所長池田正廣福岡市代表者市長桑原敬一指定代理人
松永徳壽
外七名
福岡市東福祉事務所長池田正廣指定代理人
芝原芳孝
(原告ら代理人中、第二事件の代理権を有する代理人は、林、平田、八尋、岩城、小野山、梶原、椛島、池永、久保井、井上、石渡、甲能、下東、松岡、橋本、伊黒、井出、諌山の一八名である。)
主文
一 原告亡中嶋豊治の被告福岡市東福祉事務所長に対する保護変更処分の取消しを求める訴えは、同原告の死亡により終了した。
二 原告中嶋明子、同中嶋知子の被告福岡市東福祉事務所長に対する保護変更処分の取消しを求める訴えを却下する。
三 原告らの被告国及び同福岡市に対する損害賠償の請求は、いずれもこれを棄却する。
四 訴訟費用は、第一、第二事件とも原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
(第一事件)
一 原告ら
1 被告福岡市東福祉事務所長(以下「被告東福祉事務所長」という。)が、平成二年六月二八日、原告亡中嶋豊治(以下「原告豊治」という。)に対してなした保護変更決定処分(以下「本件変更処分」という。)を取り消す。
2 訴訟費用は、被告東福祉事務所長の負担とする。
二 被告東福祉事務所長
1 本案前の答弁
(一) 原告中嶋明子(以下「原告明子」という。)及び同中嶋知子(以下「原告知子」という。)の訴えを却下する。
(二) 右原告両名にかかる訴えについての訴訟費用は、同原告らの負担とする。
2 本案に対する答弁
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。
(第二事件)
一 原告ら
1 被告国及び同福岡市は、連帯して、原告豊治(原告明子、同知子が承継)に対し金五〇万円、同明子に対し金五〇万円、同知子に対し金一〇〇万円及びこれらに対する平成二年六月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告国、同福岡市の負担とする。
二 被告国、同福岡市
1 主文第三項同旨。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二 事案の概要等
一 事案の概要
本件は、生活保護を受けていた原告豊治(訴訟中に死亡)及びその子である原告明子、同知子において、「原告豊治は、被告福岡市から生活保護費を受給していたが、これを節約して原告明子、同知子の学資保険に積み立てていたところ、被告福岡市の生活保護担当職員らが右学資保険の解約を強要し、被告東福祉事務所長は、その返戻金を収入として認定した上、生活保護法五六条の正当の理由なく生活保護費減額の変更処分をし、これにより原告らの学習権、教育の自由、生存権等を侵害した。」と主張して、被告東福祉事務所長に対し、右変更処分の取消しを求める(第一事件)とともに、被告国及び同福岡市に対し、国家賠償法一条一項に基づき慰謝料等の損害賠償の支払いを求めた(第二事件)事案である。
二 当事者間に争いのない事実の概略
1 原告ら
(一) 原告豊治(平成五年一月二一日死亡)は、昭和五〇年八月六日以降、被告福岡市から生活保護費を受給してきたものであり、その妻訴外中嶋紀子(平成三年三月一〇日死亡、以下「紀子」という。)との間に、長男訴外中嶋正人(以下「正人」という。)、長女原告明子及び次女原告知子を儲けていた。
(二) 原告豊治は、平成四年五月現在、入院治療を受けていたが、長男正人は独立して生計を営み、原告明子及び同知子が原告豊治と同一世帯として生活していた。
原告明子は平成三年三月に福岡市内の高等学校を卒業し、原告知子は、平成四年三月時点では福岡市内の中学校に在学(三年生)していた。
2 被告ら及び原告豊治への生活保護費の支給等について
(一) 被告国は、日本国憲法及び生活保護法に基づき、生活に困窮する住民に対し、その困窮の度合いに応じて必要な保護を行い、被保護者の最低限度の生活を保障すると共に、その自立を助長すべき法律上の責務を有する機関である。
被告福岡市は、国から機関委任事務に基づき、生活保護の実施機関である福岡市東福祉事務所(以下「東福祉事務所」という。)を設置し、これを管理し、原告らに対する生活保護を実施すると共にその費用を負担しているものである。
(二) 被告東福祉事務所長は、原告豊治からの申請に基づいて、昭和五〇年九月二三日、原告豊治の世帯についての生活保護法による保護の開始を決定し、申請日である同年八月六日にさかのぼって保護を実施してきた。
(三) 原告豊治の世帯に対する保護の種類等は、数回にわたり変更されたが、平成二年六月分(同年五月三一日支給分)の支給額合計は、合計約一八万円余であった。
3 本件学資保険と本件変更処分の経過について
(一) 本件学資保険は、昭和五一年六月一七日に加入手続がされ、満期日は平成二年六月一六日とされていた。
(二) 原告豊治は、昭和六三年三月本件学資保険から金三〇万三三九〇円の貸付けを受け、平成二年六月一九日、本件学資保険の満期返戻金四四万九八〇七円を受領した。
(三) 被告東福祉事務所長は、平成二年六月二八日原告豊治に対し、右返戻金のうち、金四四万五八〇七円を収入認定し、同原告の世帯に支給する平成二年七月分以降の保護費支給額を九万五一六八円に減額する旨の本件変更処分をし、これを、原告豊治に書面で通知した。
(四) 原告豊治は、右処分を不服として平成二年八月二一日福岡県知事に対し、審査請求をなしたが、同知事は、平成三年二月二五日右審査請求を棄却した。
さらに、原告豊治は、同知事の右棄却の裁決を不服として、平成三年三月二八日、厚生大臣に対し再審査請求をなしたが、同大臣は、同年一〇月七日右再審査請求を棄却した。
第三 争点
一 本件変更処分取消しの訴えについての原告明子、同知子の原告適格の有無及び原告豊治の死亡による同訴訟の帰趨(第一事件)。
(原告らの主張)
1 原告明子、同知子には、固有の原告適格がある。
憲法二五条の生存権は、親権者・扶養義務者の存在する未成年者にも認められているから、扶養権利者たる未成年者に対する国の保護の実施は、国の直接の責務であり、未成年者は、国に対する直接の生活保護受給権を有する。
また、生活保護法一一条一項二号、一三条による教育扶助のように、明らかに児童を直接の受給権者としている規定も存在する。
原告豊治を名宛人とする不利益処分により、原告豊治と同一世帯を構成する原告明子、同知子にも必然的に不利益が及ぶことは明白であるから、この原告両名には本件変更処分の取消しを求める法的利益があり、原告適格が認められるべきである。
2 原告明子、同知子は、原告豊治の地位を承継したから、原告適格を有する。
もし、本件変更処分が取り消されれば、被告国は、従来の支給額との差額合計金四四万五八〇七円の支払いを不当に免れ、法律上の原因なくして不当に利得したこととなり、かつ、被告国は、被告東福祉事務所長を通じて原告豊治に変更前の従来の支給額を支給すべき拘束を受けることとなるのであるから、被告国は、原告豊治にその利得を返還しなければならず、これを同原告の側からいえば、右額の不当利得返還請求権を有する。この権利の相続性は否定できず、原告明子、同知子は、原告豊治の右不当利得返還請求権を相続し、この請求権を行使するためには、本件で取消訴訟の対象になっている変更処分の取消しがなされることを当然の前提条件とするものであって、右の権利を相続した原告明子、同知子は、本件変更処分の取消しによって回復すべき法律上の利益(相続人において将来その相続にかかる権利又は法律関係を訴求するために訴訟を継続していく利益)を有するものというべきであり、訴訟を承継する適格を有する。
3 同一世帯である原告三名は、一体的な利害関係を有し、原告豊治のした審査請求は、同時に原告明子、同知子のための審査請求でもある。したがって、形式的に原告明子、同知子がその審査請求前置の手続きをしていないとしても、特段の事情があり、本件において原告明子、同知子が右手続きを経ていないからといって、行政事件訴訟法八条一項に抵触するとはいえない。
(被告東福祉事務所長の主張)
1 生活保護法に基づく保護受給権は、当該個人の一身専属の権利であって、相続の対象とはなり得ないものであるから、原告明子、同知子にはもともと原告適格がなく、原告豊治に係る本件取消訴訟については、同原告の死亡によって終了し、その当事者たる地位を他の者が相続により承継する余地はない。
2 生活保護法六九条によれば、「この法律の規定に基づき保護の実施機関がした処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ、提起をすることはできない。」とされているところ、原告明子、同知子は、本件変更処分について審査請求の裁決を経ていないから、右原告らの本件変更処分の取消しを求める訴えは不適法である。
二 本件変更処分は、日本国憲法一三条、一四条、二五条、二六条等に違反し、生活保護法五六条の「正当な理由」を有しない違法な処分であるか否か(第一、第二事件)。
(原告らの主張)
1 人は、自己の生活のあり方を自ら決定する自由・権利を有しており、この自己決定権は、憲法一三条によって保障されているところ、保護受給者にもこの権利は認められ、保護受給者は、支給された保護費をどのように活用・費消するかについて、自ら選択し決定する権利を有しているというべきであり、本件変更処分は、原告らの自己決定権を侵害するものである。
本件満期返戻金の実質は、原告らが支給された保護費の一部を費消せず、子供たちの将来の教育費に充てるために費消を保留していた保護費そのものであって、生活保護法四条一項等にいう「活用し得る資産」にあたらない。
同法一条は、法の目的として、国民の最低限度の生活を保障するとともに「その自立を助長すること」を宣言しているところ、本件において、原告豊治は、自分の子供たちの高校進学費用を調達するために、毎月節約を重ね学資保険を積み立ててきたのであるが、本件変更処分により学資保険を活用した保険金をその本来の目的のために使用することができなくなってしまった。このことは、原告らの世帯の自立目的を行政処分により積極的に妨害したものであり、生活保護法一条の目的に抵触し、違法である。
以上のように、本件変更処分は、憲法一三条、生活保護法の解釈を誤り、原告らの生活保護の受給に関して何ら正当な理由がないにもかかわらず、既に決定した保護を不利益に変更したものであり、生活保護法五六条に違反する。
2 保護受給世帯の預貯金は、不時の出費、耐久消費財等の購入、世帯員の年齢、健康、人生サイクルなどに応じた特別な出費等に備えるために必要であるから、相当の貯えを認めることは、保護受給世帯の人々の「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する必須の要件である。また、保護費等を節約して備蓄することは一時的に被保護者の最低限度の生活を犠牲にすることになるが、備蓄した累積金を収入認定して保護費を減額することは、犠牲にされた最低限度の生活を永久に回復されないことになるのであり、この点で、保護受給世帯の預貯金を原則として認めない本件変更処分は、憲法二五条に違反する。
3 原告豊治は、子供らの進学準備のために学資保険に加入してきたものであり、この学資保険の満期返戻金を収入認定し、保護費を減額することは、進学準備金としての用を果たさせることを困難にさせ、原告知子らの学習権を侵害するものであり、憲法二六条に反する。
現行の生活保護制度においては、世帯内での高校修学は容認されたものの、高校進学のために必要な入学金や学費などへの経済的扶助は行われていない。そのため、被保護世帯の子供たちは、そうでない世帯の子供たちに比して不利な状況に置かれており、このような事態を惹起する被告らの生活保護基準及び本件変更処分は「ひとしく」教育を受ける権利を保障した憲法二六条に反する。
親は、子供を教育する自由を有し、憲法一三条、二三条、二六条により親の教育の自由として保障され、一方、子供の権利条約一八条一項では、子供の教育は親の責任と定められているところ、原告豊治においてこの子供に対する責任を果たすために、原告明子らの高校進学を教育方針として決め、その修学費用調達のために計画を立てて貯えたのが本件学資保険であり、本件変更処分は、この親の教育責任を侵害したものである。
4 本件変更処分は、保護費消費自由の原則に違反し、違法である。
憲法一三条、生活保護法一条は、適法に決定、給付された保護費をどのように消費するかについては、被保護者の自主的判断に委ねる旨の保護費消費自由の原則を認めているところ、原告らは、保護費消費自由の原則の範囲内で適法に決定された保護費を使用したにすぎないから、本件変更処分は、同原則に反する違法な処分である。
5 被告東福祉事務所長は、本件変更処分により原告らの最低生活を保障するため同被告自ら必要を認めた保護費について、後日、生活保護法にいう利用し得る資産にあたるとして、その一部につき収入認定をするという自己矛盾を犯している。被保護世帯が子弟の高校修学費に充てるために毎月の保護費を節約することは、生活保護法の禁ずるところではなく、本件学資保険の返戻金は同法四条にいう利用し得る資産ではない。
憲法一三条、二五条の理念からすれば、生活保護受給者にもある程度の金融資産の保有が無条件に認められるべきであり、本件変更処分は、生活保護法五六条の不利益変更禁止の原則に違反する処分である。
6 本件変更処分は、保護の実施要領の適用を誤ったものである。
原告豊治が本件学資保険の満期返戻金を受領したことが「収入」に当たるとしても、これは昭和三六年四月一日付発社第一二三号厚生省事務次官通達第7、3、(3)、カの「保護の実施機関の指導又は指示により、動産又は不動産を売却して得た金銭のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」にあたる収入であるから、収入として認定してはならなかったものである。
7 本件変更処分は、平等原則に違反し、生活保護法五六条の正当理由を有しない。
すなわち、「高校修学費用は、奨学金、他からの恵与金をもって賄い、保護費を貯めた費用でそれを賄うことは許されない。」という運用は、他からの奨学金・恵与金などが幸いにして得られる世帯と、そうでない世帯とを差別する扱いであり、法の下の平等に反し、許されない。
被告東福祉事務所長は、生活保護の実施要領として耐久消費財購入のために一定の預貯金を保有することを認めているにもかかわらず、高校修学のための一定の預貯金の保有を認めないという運用をしており、これは法の下の平等に反し、許されないものである。
本件満期返戻金につき、四〇〇〇円を残して残額を全部収入と認定する扱いは、生活保護の実施要領として、生命保険金等について、当該金額のうち被保護世帯の自立更生のために当てられる額を収入認定しないものとする運用と差別を設ける扱いであって、生活保護法二条、法の下の平等の原則に反し、許されない。
原告らは、特定収入がある場合に行われる、いわゆる告知聴聞を受けられなかったものであり、本件変更処分における運用手続きでは、原告ら世帯と他の世帯との手続きに合理的理由なく差別が設けられており、生活保護法二条、法の下の平等に反し、許されない。
8 本件変更処分は、適正手続きに反し、生活保護法五六条の正当な理由を欠くものである。
憲法一三条は、公権力が法律に基づいて一定の措置をとる場合、その措置によって重大な損失を被る個人は、その措置が採られる過程において適正な手続的処遇を受ける権利(告知及び聴聞の機会を得る権利)を保障しているが、本件変更処分においては、何ら告知及び聴聞がなされていないから、同処分は適正手続きに反する。
(被告らの主張)
1 原告らの前提とする憲法一三条論は、単なる一試論にすぎず、主張自体失当である。仮にそうでないとしても、本件における生活保護行政上の運用は、原告らの貯蓄又は消費の自由に対する合理的制約であるから、憲法一三条に違反しない。
2 本件変更処分が適法であるか否かは、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するなど、憲法及び生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によって与えられた裁量権の限界を超えた場合または裁量権を濫用した場合に当たるか否かによって決定せられるべきである。しかるところ、生活保護行政上は、修学者の高校修学の目的のために第三者から恵与された金銭や奨学金等の臨時収入であって、一定の要件を満たす場合及び修学者自身の就労による収入等については、修学のために必要な最小限度の額に限って認定しない(生活保護法四条にいう活用すべき資産にあたらない)とする取扱いをして、その収入をもって高校修学費用に充てることを認めているのであって、これに対し、生活扶助費をその本来予定されている目的に費消せずに貯蓄することは、必然的に、法が保障し、被保護者において維持、向上の義務を負う「最低限度の生活」を犠牲にすることを伴うものである。もともと、法に定める保護は、生活に困窮する者がその利用し得る資産、能力その他あらゆるものをその最低限の生活の維持のために活用することを条件として行われるものであって(生活保護法四条一項)、保護の開始の申請をした者が、金融資産を保有している場合には、仮にそれが「不時の出費や耐久消費財の購入費、世帯員の年齢や健康、人生サイクルに応じた特別な出費等」に充てるためのものであったとしても、それが法の運用上認められている特別の場合にあたらない限り、その活用を求められることになっているものである。
したがって、被保護世帯において、原告らのいう「生活の広汎な部面」の必要のための預貯金の保有を認めることは、右の保護の申請者との対比において、被保護世帯を有利に取り扱うのであって、均衡を欠くことが明らかである。これを高校修学費用についてみても、資産を有しないが、保護の受給にも至らない一般低所得者世帯が子弟を高校で修学させる場合には、高校修学費用は、法の保障する「最低限度の生活」に含まれないことから、子弟の高校修学費用を支出できないことをもって新たに生活保護を受給する理由とすることはできず、別途に高校修学に要する資金を自ら調達する途を探らなければならないことになることからも明らかである。
右のとおり、既に保護を受給している世帯が保護費の一部を積み立てることによって高校修学費用を賄うことを認めることは、右の一般低所得世帯との対比上、被保護世帯を一般低所得世帯よりも有利に扱うこととなり、均衡を欠くというべきであること、不時の出費等については、法の運用として保護されていることなどから、一般に被保護世帯において預貯金を保有することを認めず、一定の要件に沿う場合に限ってこれを認めるという法の運用には、合理性があるのであって、右運用を背景としてされた本件変更処分に被告の裁量権の逸脱又は濫用のないことは明らかであり、憲法二五条一項に違反するものではない。
3 憲法二五条等によっては適法とされる行為によって原告豊治が経済的不利益を受け、そのために子弟を高校で修学させることが困難となったとしても、直ちには「教育を受ける権利の自由権的側面の侵害」ということはできないのであって、高校修学についての生活保護法の運用は、前記のとおり正当な理由があり、合理性もあるから、憲法二六条一項にも違反しないものである。
もともと、憲法二六条一項、教育基本法三条一項の差別の禁止は、授業料を徴収することによって低所得者を不利に扱う結果になることまで禁止したものではないから、高校修学が授業料を徴収し、そのことによって低所得者の子弟の高等学校での修学が困難になったとしても、憲法二六条一項に違反するとはいえないものである。
高校修学費用が「健康で文化的な最低限度の生活」の費用に含まれず、この支給を生活保護法が予定していないとしても、憲法二五条一項に違反しない以上、保護費から高校修学費用を支出することは許されないとする取扱いが、憲法二六条一項、教育基本法三条一項に違反するとはいえない。
4 生活保護の制度は、いかなる理由であれ、現に活用し得る資産を有する者であれば、保護に先立ってその活用を求められるのであるから(生活保護法四条)、現に活用し得る資産を有していれば、仮にその原資が保護費を節約して得られたものであっても、その活用が求められるものである。生活保護法の定める七つの種類の保護は、それぞれ扶助の目的及び対象を異にし、その差異に応じた性質上及び運用上の区別を有しているのであるから、同法は、支給された保護費の使途についても、保護の種類ごとに扶助の内容と方法を定める法の目的及び趣旨に適する範囲を想定していることは明らかであり、無限定な保護費消費自由の原則は、法の予定しないところである。同法は、生活扶助費から高校修学費用を支弁することを予定しておらず、生活扶助費の節約分を積み立てて高校修学費用に充てることもまた法の予定しないところであって、無制限な貯蓄を認めるような保護費消費自由の原則は、現在の法制度のもとでは認められていないものである。
5 そもそも金銭収入は、一旦、一般金融資産又は他の現金に混入すれば、その原資が何であったかが特定できないという性質を有しているのであり、保護の実施機関としては、被保護者が金融資産を保有している場合には、その原資が収入時において申告され、第三者に預託されているなど、当該金融資産が被保護者の一般金融資産と区別されている明白な事情の存しないかぎり、被保護者が現に金融資産を保有しているという事実に基づいて収入認定をすることになるのであり、原資が何であるかの議論は、金融資産の性質上意味を持たないものである。
6 原告らの主張する「不平等」は、単に法の規定する要件を充足しているか否かによって生じた結果に過ぎず、被保護者自体を平等に扱っていないというものではないから、そもそも本件変更処分については、平等原則が問題となる余地はない。
7 平成二年五月ころ、原告豊治ら世帯の担当ケースワーカーであった訴外松尾栄二(以下「松尾」という。)と紀子及び福岡県生活と健康を守る会(以下「全生連」という。)福岡東支部事務局長の訴外梅崎勝(以下「梅崎」という。)とが本件学資保険の解約について話し合いをしており、実質的に原告豊治への告知聴聞の機会が与えられていたのであるから、本件変更処分が適正手続きに違反するとはいえない。
三 本件変更処分が違法であるとすれば、被告東福祉事務所長らに故意または過失があり、原告豊治らに損害が発生したといえるか否か(第二事件)。
(原告らの主張)
1 被告東福祉事務所長の本件変更処分は、違法であり、少なくとも重大な過失のもとにされたといえるところ、被告国は、生活保護に関する事務の帰属主体でありまた、被告福岡市は東福祉事務所を設置・管理し、その費用を負担しているものであるから、右被告両名は、被告東福祉事務所長がその故意少なくとも重過失により原告らに対してなした本件不法行為につき国家賠償法に基づき連帯して責任を負うものである。
2 本件変更処分により、原告らが被った精神的苦痛を敢えて金銭的に評価すれば、原告知子分は金一〇〇万円、原告豊治及び同明子分は各金五〇万円を下らない。
なお、原告明子、同知子は、原告豊治の死亡によりその有していた債権を各二分の一ずつの割合で相続したから、仮に原告明子、同知子が固有の慰謝料請求権を有しないとしても、原告豊治分の相続分としての請求権を有する。
(被告らの主張)
1 仮に本件変更処分が違法であるとしても、被告東福祉事務所長がその違法性を認識していたと認めることは到底できず、また、本件変更処分についての裁量権の逸脱、濫用があったとしても、同被告にとってそのことが容易に理解可能であったということはできないから、その違法性を予見すべきであったということもできず、過失はないというべきである。
また、被告福岡市に対する請求については、生活保護に関する事務の帰属主体は、被告国であり、被告東福祉事務所長は機関委任事務としてこれを取り扱っているにすぎないから、国家賠償法一条一項に基づく請求は失当である。
2 本件変更処分は、被告ら主張の事実関係のもとにされたのであり、原告らに慰謝されるべき精神的苦痛が発生した事実はない。
第四 当裁判所の判断
一 認定事実
本件変更処分に至る経過の概略等は、前記第二、二の「当事者間に争いのない事実の概略」のとおりであり、さらに、甲一の1ないし3、二ないし六、一一、一三、一五、三〇、三一、六〇、六一の1ないし62、六二、六三の1ないし24、六四の1、2、六五の1ないし177、六七の1ないし6、七〇、七二、七三、八四、一一三、一一四、乙一ないし三、八、一〇、一四、一六、一七、一八の1ないし3、一九、証人梅崎勝、同松尾栄二、同畑瀬廣行の各証言、原告明子、同知子各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告らの生活状況と生活保護受給の経緯
(一) 原告豊治は、コンクリートのはつり工として稼働していたが、難聴で、身体障害者手帳を有し、収入は少なく、糖尿病や肝臓の持病により入退院を繰り返していた。また、妻紀子も神経性胃炎等の持病があり、病気がちで就労には支障があった。
原告豊治は、布教による失職及び交通事故に遭ったことをきっかけに、昭和五〇年八月六日付けで生活保護受給の申請をなし、保護の開始決定を受け、以降、保護費と僅かな給料等によって生活してきた。一家の衣食住の生活は、紀子がスーパーなどの安い店に出向いて知人と安い魚を買って分け合い、あるいはバーゲンショップで衣類を調達するなど、極めて質素であり、子供らを遊びに連れていくなどの一般家庭の楽しみも少なかった。
(二) 原告豊治夫婦の長男正人(昭和四四年八月一四日生)は、昭和六三年に高等学校を卒業した後、平成二年四月一日付けで原告豊治世帯から転出し、以後は独立して生計を営んでいる。
紀子は、全生連福岡東支部の婦人対策部員として活動していたが、本件訴訟提起直前の平成三年三月一〇日に病気で死亡した。
原告明子(昭和四七年一一月二一日生)は、平成三年三月に福岡市内の高等学校を卒業した後、同市内で働き、原告知子(昭和五一年一二月二七日生)も平成四年三月福岡市内の中学校を卒業して同市内の私立高等学校に進学した後、中退して同市内に就職し、稼働している。
(三) 被告東福祉事務所長は、原告豊治からの申請に基づいて、昭和五〇年九月二三日、原告豊治の世帯についての生活保護法による保護の開始を決定し、申請日である同年八月六日にさかのぼっての保護を実施してきた。
原告豊治の世帯に対する保護の種類、程度及び方法は、現在まで何回かの保護変更決定によって変更されているが、平成二年六月分(同年五月三一日支給分)は、次のとおりとされていた。
生活扶助 一六万七七四五円
住宅扶助 九九〇〇円
教育扶助 四二三〇円
合計 一八万一八七五円
また、同年一二月一日現在では、三種の基準額合計は二〇万八四三〇円であり、収入額一万二三八〇円を差し引いた一九万六〇五〇円が扶助決定額となっているが、同年一一月以前の収入額は、約六〇〇〇円から九万円余の間で差があり、昭和五七年以降は、この収入額の上下に応じて一〇万円余から二〇万円前後の扶助費の支給を受けていた。
2 本件学資保険について
(一) 本件学資保険は、長女である原告明子の出生後である昭和五一年六月一七日付けで契約の締結がされているが、保険金は五〇万円であり、満期日は平成二年六月一六日であった。月々三〇〇〇円の保険料を支払って貯蓄するものであり、満期日に所定の利子がついて返戻され、その使途が限定されることはない。
(二) 原告豊治らは、本件学資保険から昭和六三年三月七日二〇万円、同月一四日一〇万三一五一円の貸付けを受けて貸付元金を三〇万三三九〇円とし、これらを長女原告明子の高校進学資金に当て、以降、元金三〇万円余について毎月一万円宛ての返済をしていたが、さらに、同年七月一八日五万円の生存給付金を受領した。
なお、被保護世帯では、預貯金の保有は、耐久消費財を購入するなどの一定の場合以外は認められていない。
3 生命保険等の解約指導の経緯
(一) 原告豊治は、本件学資保険のほかにも複数の生命保険に加入し、同保険等から貸付けを受け、また、入院給付金の支給を受けていたが、平成元年一〇月、千代田生命保険に加入し、その後貸付けを受けている事実が東福祉事務所に発覚した。同事務所の担当者は、同月及び同年一二月同事務所面接室に紀子を呼び出したところ、数名の全生連の役員が同行してきたので、右役員らの同席の上、同女に対し、従来届けられていた住友生命保険分と合わせると、毎月の保険料額が福岡市で保有が認められている基準を上回るので、入院中の原告豊治に万が一のことがあることを考えて世帯の自立に役立つことになる保険金額の大きな千代田生命保険分を残し、住友生命保険分を解約するようにとの指導をした。
しかし、その後も原告豊治や紀子は、同事務所に対し、生命保険の解約をした旨の届けなどもしないままであったので、同事務所では、原告豊治の他の生命保険等の保有を疑い、同原告から同意書を徴した上、生活保護法二九条に基づき、保険会社等を調査した。
(二) その後、同事務所担当者は、平成二年一月郵便局の簡易保険事務センターからの回答によって原告豊治の本件学資保険保有の事実を知り、同月末、紀子を東福祉事務所に呼び出し、同女に対し、口頭で同学資保険の解約を指導したところ、同女は、対応については原告豊治と相談する旨の答えをした。
紀子は、同年四月全生連の事務所を訪れ、東福祉事務所から学資保険の解約指導を受けている旨述べてその相談をした。その結果、同年五月、紀子と全生連福岡東支部事務局長の梅崎は、東福祉事務所を訪れ、当時の原告豊治の担当ケースワーカーであった松尾に善処方の申入れをした。その際、梅崎において「紀子さんは、知子ちゃんの高校進学に使うと言っているんだから、こういう指導というのはあまりにも酷すぎるんじゃないか。」などと抗議すると、松尾は「気持ちは分かるが、運用がそうなっているから仕方ありません。」との拒否の回答をした。
(三) 紀子は、平成二年四月五日住友生命保険解約の手続をし、同月九日解約返戻金七二万二六三四円が原告豊治の銀行口座に振り込まれた。なお、同月五日付けで紀子は、東福祉事務所に対し、原告豊治名義の収入申告書を提出したが、収入等の欄及び見込みのある収入欄は、いずれも「無し。」と記入されている。
4 本件学資保険等の満期と本件変更処分
(一) 平成二年六月一六日本件学資保険が満期となり、紀子は、同月一九日返戻金四四万九八〇七円を受領したが、東福祉事務所に対する収入申告をしないままであったので、東福祉事務所では、学資保険が満期返戻となったことは知らないまま、解約による返戻金を収入として申告するよう指導することとし、松尾は、同年六月二五日原告方に赴き、紀子に対し、「学資保険は保険対策等を内容とするものではなく、貯蓄的性格の強い保険であるから、保有は認められず、解約することを指導指示します。支払いを受けた解約返戻金は臨時収入として認定することになる。」旨記載の指導指示書(甲五、六五の7)及び同日付けの「保険開始後加入した千代田生命保険と重複し、一般世帯との均衡を失するので、住友生命保険分を解約すること。また、受領した保険金等は返還の対象及び臨時的収入として認定することになる。」旨を記載した指導指示書(甲六五の8、七〇)を交付したところ、同女は、松尾に対し、住友生命保険の解約をしたとして同保険分の解約明細書(甲六五の6)を示したので、同人は、紀子に収入申告をするよう促した。
(二) 同月二八日紀子は、東福祉事務所を訪れて学資保険の受領金四四万九七〇〇円、住友生命保険分七二万円と記載した原告豊治名義の収入申告書(甲六五の3)を提出した(なお、学資保険分は前記借受金残額の一五万円余が差し引かれるなどして清算された後の額であり、住友生命保険分も同様であり、前記各明細書も添付して提出がされた。)が、同女は松尾に対し、学資保険は解約し、その返戻金のうち一五万円については生活費に当てて費消し、残り三〇万円近くについては、長女原告明子の県外への就職の支度金にするつもりであると説明したので、松尾は、収入申告した後の東福祉事務所への返還方法等をアドバイスしたところ、紀子は、六か月の均等割りによる返還方法を希望する旨の発言をした。
(三) 被告東福祉事務所長は、平成二年六月二八日付けで本件学資保険の返戻金四四万九八〇七円のうち、金四四万五八〇七円を収入認定し、同原告の世帯に支給する平成二年七月分以降の保護費支給額を九万五一六八円に減額する旨の本件変更処分をし、これを原告豊治にあてて書面で通知した。
なお、原告豊治は、右処分を不服として平成二年八月二一日福岡県知事に対し、審査請求をなしたが、平成三年二月二五日右審査請求は棄却された。さらに、原告豊治は、同知事の右棄却の裁決を不服として、平成三年三月二八日、厚生大臣に対し、再審査請求をなしたが、同年一〇月七日右再審査請求も棄却された。
(四) 原告豊治は、平成二年一〇月東福祉事務所を訪れ、松尾に対し、持参したメモ(乙一七)をもとに、住友生命保険の利用とその解約金七二万円余について「バイク(当時一六万円)は二年前に購入したほか、買替えをし、それは貸付けを利用した。」「一〇月一七日現在の残額は不明で、七二万円のうち一二万円以外は、分からない。ステレオ等に消費した。テレビ一台は長男の就職祝いであり、千代田生命保険に一万二〇〇〇円のほか、東京海上任意保険に一万六〇〇〇円の保険料の支払いをしている。」などの説明をしたので、松尾は、これらの貸付け等が収入未届け出にあたり、不正受給にあたるので生活保護法七八条による返還決定の手続きをする旨を告げたところ、原告豊治は、「学資保険分の返還があるので、今すぐには返せない。」旨の回答をした。なお、同時点においても松尾は、本件学資保険が満期により返戻されたことは知らないままであった。
5 その後の経緯
被告東福祉事務所長は、原告豊治に対し、本件訴訟中の平成四年七月二一日付けの「保護費の徴収について」と題する書面六通をもって「1、平成二年九月二〇日の千代田生命有期払込定期付終身保険からの貸付金一万八二八〇円、2、昭和六三年七月一八日の本件学資保険からの生存給付金五万円、3、昭和六三年三月一四日の本件学資保険からの貸付金一〇万三一五一円、4、昭和六三年三月七日本件学資保険からの貸付金二〇万円、5、平成二年四月九日住友生命保険からの解約返戻金七二万二六三四円、6、昭和六三年三月三〇日住友生命保険からの貸付金一〇万円」の届け出を怠ったとしてこれらを徴収する旨の通知をした。
その後、原告豊治は、本件訴訟係属中の平成五年一月二一日死亡したため、被告東福祉事務所長は、原告豊治の相続人である原告明子、同知子、長男正人に対し、同年四月一二日付けで、徴収金債務についての支払義務者を確定するためとして、相続放棄の有無を報告するよう求めた。
6 生活保護世帯における高校修学の取扱い
(一) 生活保護法は、七種の扶助を規定しているが、生活扶助は、衣食そのほかの一応日常生活の需要にこたえるもので、各扶助の目的がそれぞれ決められており、七種の扶助の合算額が最低生活としていることになるものである。生活保護世帯における子弟の学校修学者に対する扱いについてみると、もともと生活保護法は、一三条により、教育扶助の範囲を義務教育に限定しているが、高校に修学する場合は、修学者が奨学金、恵与金等により修学に要する費用を得ており、かつ修学が世帯内の自立助長に効果的であれば、更に稼働能力の活用を求めることなく、世帯内において修学すること(すなわち、その者の最低生活費を生活保護の給付の対象とすること)が認められている。また、修学者本人がアルバイト等で得た収入については、その者の修学のために必要な最小限度の額の範囲で収入認定から除外される取扱いがされている。もっとも、高校修学に伴う間接的な経費としての制服・制帽の購入費、通学費(自転車購入費を含む)、寄宿舎居住に必要な経費については最低生活費として認定することはできず、これらの費用を負担できない者の修学は認められていない(なお、公立高校への進学については、授業料は免除されることとなっている。)。
(二) 高校進学率は、全国的には昭和二五年度は平均で42.5パーセント、昭和四七年度で87.2パーセントであるが、年々上昇を続けており、昭和五九年度は、全国一般家庭平均では、94.1パーセントである。しかし、被保護世帯の場合は同年度でも69.1パーセントにすぎない。また、福岡市内における高校進学率は、その後も上昇し、九五パーセントを超える状況となっている。
生活保護世帯における高校修学者については、当初は、世帯から分離した上で高校に進学する取扱いがされていたが、昭和三六年に世帯内進学を認める扱いがされたことがあり、昭和四五年からはケースワーカーが調査し、世帯内修学の要件をみたすか否かを審査した上、世帯内で進学する取扱いがされることになった。
(三) 生命保険等の保険については、生活保護世帯では、その保有は認めない取扱いがされている。保護受給時に解約が指導され、返戻金が出るものは、資産に該当するとして生活維持のために活用を求めることとされている。ただ、保険は万一に備えるとの保障的性質に意味があるので、当然に払戻しを予定しているものではなく、返戻金も少額であることもあり、継続させる方が自立助長になることもあるので、かかる場合には保有が認められることもあるが、この場合も保険料等が当該地域の一般世帯と均衡を失しない場合に限られており、かつ、解約返戻金を受領した時点で生活保護法六三条による返還をすることが条件とされている。さらに貯蓄性の強い保険は、保有を認めない扱いとされており、解約により返戻金があるときは、同法六三条により返還される取扱いが当然とされている。
(四) 本件学資保険のような保険については、次官通達による保護の実施要領(乙一)には、その収入認定をするか否かの取扱いについては、同通達の第7、3、(3)で「ウ、自立更生を目的として他法、他施策等により貸し付けられる資金」「エ、自立更生を目的として恵与される金銭のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」が挙げられており、学資保険はこれに該当しないものとして収入認定の扱いがされている。
また、右通達の第7、2、(4)では、「保険金等のうち自立更生のために当てられるとして収入認定しないものは、直ちに自立更生のための用途に供されるものに限ることとされ、ただ、将来それに当てられることを目的として適当な者に預託されたときは、その預託されている間、これを収入として認定しない扱いがされる。」こととなっている。
以上の事実が認められ、原告らは、「被告東福祉事務所長は、遅くとも原告明子の高校進学前には、本件学資保険加入の事実を知っており、その保有を黙認していた。本件学資保険は、原告知子の高校進学のためにも保有されていた。」と主張し、梅崎証人は、一応これに副う趣旨の証言をするが、その根拠となる事実は指摘するところがなく、単に知っているはずである旨の憶測の域を出るものではない上、松尾証人は、これを否定し、前記認定事実に副う証言をし、他に原告豊治や紀子において東福祉事務所担当者らにその事実を告げたことを認めるべき資料もないのであるから、前記一、3、(二)のとおり認定するのが相当である。
二 第一事件に対する判断(本件変更処分取消しの訴えについての原告明子、同知子の原告適格の有無及び原告豊治の死亡による同訴訟の帰趨について)
1 生活保護法の諸規定条項に基づき、要保護者または被保護者が国から生活保護を受けるのは、単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的利益ではなく、法的権利であって、保護受給権とも称すべきものと解すべきである。しかし、この権利は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であり、他にこれを譲渡し得ないし(生活保護法五九条参照)、相続の対象ともなり得ないというべきである。また、被保護者の生存中の扶助ですでに遅滞にあるものの給付を求める権利についても、医療扶助の場合はもちろんのこと、金銭給付を内容とする生活扶助の場合でも、それは当該被保護者の最低限度の生活の需要を満たすことを目的とするものであって、法の予定する目的以外に流用することを許さないものであるから、当該被保護者の死亡によってその権利は当然に消滅し、相続の対象となり得ないと解するのが相当であるところ(最高裁判所昭和四二年五月二四日民集二一巻五号一〇四三頁参照)、原告豊治は、平成五年一月二二日死亡した(一、5)のであるから、本件変更処分の取消請求についての訴訟は、同原告の死亡と同時に終了し、同原告の相続人である原告明子及び同知子らにおいてもこれを承継し得る余地はないものといわなければならない。
2 これに対し、原告らは、「原告明子、同知子は、固有の原告適格を有するほか、本件変更処分が取り消されれば、被告国は、従来の支給額との差額合計金四四万五八〇七円の支払いを不当に免れ、原告豊治は、右額の不当利得返還請求権を有することとなるところ、この権利の相続性は否定できず、原告明子、同知子は、この点からの回復すべき法律上の利益及び訴訟を承継する適格を有する。」と主張するが、生活保護の受給権者は、あくまでも原告豊治であり、同明子及び同知子は、原告豊治の世帯の構成員にすぎず、原告明子及び同知子の利益は単なる事実上のものである上、その主張の不当利得返還請求権も現在の訴訟物ではなく、将来の行使が予定されるにすぎないから、右原告両名に固有の原告適格はないというべきである。
また、前示のとおり、原告豊治の生活保護受給権自体が一身専属のものであって、これを他に譲渡し得ないのであるから、原告豊治が原告ら主張のような不当利得返還請求権を取得するに至ることはないといわねばならず、したがって、その相続を前提として、原告明子、同知子が訴えの法律上の利益、適格を有するとの主張は、失当というべきであり、さらに、同原告らは審査請求をすることなく本件変更処分の取消しの訴えを提起しており、原告豊治の審査請求等をもってこれに替えることはできないから、この点からも原告明子らの訴えは、不適法というほかはない。
3 なお、被告東福祉事務所長は、平成四年七月二一日付けで原告豊治に対し、前記貸付金等につき保護費相当額の徴収決定を通知し(一、5)、これは、原告豊治が保護費を不当に利得したとしてその不当利得返還債務を原告明子及び同知子が相続したとするものであるが、本件学資保険の満期返戻金そのものを不当に利得したとしてその返還を求めるものではないから、特にこの点が右の訴えの利益の有無等の判断に影響を与えるものではないといわねばならない。
三 第二事件に対する判断(本件変更処分は、憲法一三条等に反し、生活保護法五六条の「正当な理由」を有しない処分であるか否か。また、被告東福祉事務所長の故意、過失に基づく処分として被告国、同福岡市に責任があるか否か。)
1 生活保護費の減額と憲法一三条、二五条について
(一) 生活保護費の変更について、生活保護法五六条は「被保護者は、正当な理由がなければ、既に決定された保護を、不利益に変更されることはない。」と規定し、保護の不利益変更を規制しているが、同条項の趣旨は、保護費の支給が最低生活維持の要請に基づいてされるものであるから、濫りにその減額等を許すときは、直ちに生活の困窮のみならず、生命の危険等をも招くことがあることに鑑み、これを慎重にすることを求めたものと解される。また、同法一条が「この法律は、日本国憲法第二五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。」とし、被保護者の将来の自立助長への配慮を求めていることからすると、右五六条の「正当な理由」の判断に際しても、憲法二五条や右生活保護法一条の趣旨及びこれを受けて支給手続について定める同法の他の条項等を総合勘案してその可否を判断しなければならないというべきである。
(二) もっとも、憲法二五条は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものと解することはできない。この点は、原告らの主張する憲法一三条も総論的な国の行政の指針の規定として同旨のものと解することができ、被保護者らの具体的権利としては、憲法の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法によってはじめて与えられているというべきである。しかるところ、同法は、「この法律の定める要件を満たす限り」その保護を受けることができると規定し(二条)、その保護の程度は、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基として行うものとされている(八条)から、右の権利は、厚生大臣が最低限度の生活水準を維持するに足りると認めて設定した保護基準による保護を受け得ることにあると解すべきである。もとより、このような厚生大臣の定める保護基準は、生活保護法八条二項所定の事項を遵守したものであることを要し、結局には憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものでなければならない。しかし、健康で文化的な最低限度の生活なるものは、抽象的な相対的概念であり、その具体的内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴って向上するのはもとより、多数の不確定要素を総合考量してはじめて決定できるものである。したがって、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的的な裁量に委されており、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあっても、直ちに違法の問題を生ずることはないといわねばならない。ただ、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するなど、憲法及び生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によって与えられた裁量権の限界を超えた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となることを免れないと解される(最高裁昭和四二年五月二四日民集二一巻五号一〇四三頁参照)。
(三) したがって、「保護費を学資保険に積み立てて高校進学費用としていたのに、保険の解約を強制され、保護費の減額処分をされた。」との主張がされている本件において、被告東福祉事務所長がした処分がその裁量権を逸脱する違法なものであって、損害賠償の対象となる処分であるか否かは、生活保護法の定める修学への扶助が教育の権利、義務を定める憲法二六条の要請を満たす程度のものであるか否か、被保護者である原告豊治の世帯の現実の生活状況と原告明子、同知子の高校進学に果たす役割、本件学資保険の活用の程度のほか、生活保護法六〇条、六一条が被保護者に対し、生活の維持、向上に努めること、生計の状況について変動があったときは、すみやかに福祉事務所長等にその旨を届け出ることを求めていることなどの被保護者に課された義務、履行の有無、さらには本件変更処分前の指導指示の有無や程度などの諸点を総合考慮し、その上で判断されなければならないものというべきである。
2 憲法二六条と生活保護家庭における子弟修学等について
(一) 憲法二六条は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」(一項)、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、これを無償とする。」(二項)と定めているところ、この条項は、福祉国家の理念に基づき、国が積極的に教育に関する諸施設を設けて国民の利用に供する責務を負うことを明らかにするとともに、子供に対する基礎的教育である普通教育の絶対的必要性に鑑み、親に対し、その子女に普通教育を受けさせる義務を課し、かつ、その費用は国において負担すべきことを宣言したものであるが、その背後には、国民各自が一個の人間として、また、一市民として成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有し、特に、自ら学習することのできない子供は、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる。そして、もともと、親は、子供に対する自然的関係により、子供の将来に対して最も深い関係を持ち、かつ、配慮すべき立場にある者として、子供の教育に対する一定の支配権、すなわち子女の教育の自由を有するということができるのであるから(最高裁昭和五一年五月二一日刑集三〇巻五号六一五頁参照)、これらの権利・自由は、生活保護世帯であるか否かによって左右されるべきものではないというべきである。
(二) しかして、中学校までの義務教育は無償であり、そのために必要な教科書等の教育扶助は実施されている(生活保護法一三条)から、同法により扶助の対象となっていない高校進学と生活保護家庭との関係をみるに、高校進学率は年々上昇し、福岡市内における高校進学率は、九五パーセント以上になっている現状にあり(一、6、(二))、また、梅崎証言と甲八三によれば、平成四年度の高校卒業後の就職率は、三二パーセント程度であって、高学歴化は著しく進んでいること、さらには教護院入所児童についてもその社会的自立を図るために高校進学費用を支弁の対象とする扱いがされるようになったことが認められ、自立更生も結局は就職というべきであり、学歴に左右されるのが現状であることに照らすと、高校進学は、生活保護家庭を保護から脱却させるための一手段とも評価することができるといわねばならない(なお、原告豊治の長男正人が高校卒業後、独立自活していることは、一、1、(二)のとおりである。)。
(三) そこで、生活保護家庭における子弟の具体的な高校進学の可否について検討しても、高校に修学する場合、修学者が奨学金、恵与金等により修学に要する費用を得ており、かつ修学が世帯内の自立助長に効果的であれば、更に稼働能力の活用を求めることなく、世帯内において修学すること(すなわち、その者の最低生活費を生活保護の給付の対象とすること)が認められるなどの措置は講じられているものの、制服等の購入費等の高校修学に伴う間接的な経費については、予定されていず、この費用を負担できない者の修学は認められないのである(一、6、(一))から、実際に生活保護世帯の子弟が従前の扶助のままで高校に進学することは、ほとんど不可能といわねばならないところである。
さらに、被保護世帯などの低所得世帯が利用できる学費援助の制度の実情をみても、甲三〇、三五、三八、三九の1・2、四〇ないし四三、乙一三と梅崎証言によれば、入学準備金制度としては、生活福祉資金の就学資金、福岡市の教育振興会の奨学資金などの貸付資金制度があるが、平成二年度の学校教育費は、公立高校で約二六万円、私立高校で約五六万円を必要としており、福岡市内の私立博多高校の場合、平成五年度で入学の際に入学申込金、施設費、制服・学用品費等で計二九万円、私立立花高校の場合、昭和六三年度入学申込金、施設費、制服・教科書等で計二四万円が必要とされているのに対し、比較的有利な生活福祉資金の就学資金は、四月一〇日に約二〇万円交付されることとなっており、しかも、連帯借受人、保証人を必要としていることが認められ、これらの実情をみれば、金額の点だけでなく、準備金の交付の時期の点でも高校入学準備金を確保することはほとんどできず、生活保護世帯は、何らかの方策を自ら講じなければならない状況にあるということができる。
(四) 右のような現状の下では、被保護世帯に高校進学を予定する子弟のあるときは、その準備等のための貯えを認めなければ、事実上、被保護世帯の子女の高校進学を断念させることになり、憲法二六条が子女の教育について親の義務を課したこととの調和を失し、生活保護法一条が規定する自立助長の目的にも反する結果となるといわなければならない。
したがって、生活保護費の支給自体は、その家庭の需要に応じて支給されるものの、その最低限度の生活にも程度、選択の余地があり、その支給された保護費の一部を蓄えに回すことは、不可能とはいえないのであるから、学資保険が高校進学目的のもとに保護費を切り詰めて貯蓄され、その保険金が当初の目的のとおりに使用され、あるいはその使用が予定されていたときに、その返戻金を直ちに収入として認定し、保護費を減額することは、その裁量権を濫用したものというべきである。
原告らは、保護受給世帯の預貯金は、不時の出費等に備えるために必要であるから、これを認めることは、保護受給世帯の「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する必須の要件であり、また、保護費等を節約して貯蓄することは一時的に被保護者の最低限度の生活を犠牲にすることになるものの、備蓄した累積金を収入として認定し、保護費を減額することは、犠牲にされた最低限度の生活を永久に回復させないことになる点で、憲法二五条、さらには生活保護法五六条の保護費消費自由の原則にも反するとの主張をするが、これらの主張は、右の限度でのみ理由があるということができる。
3 原告豊治世帯の生活状況と原告明子、同知子の高校進学及び本件学資保険の原資と活用状況等について
(一) 原告豊治は、入退院を繰り返しており、その妻紀子も同様に稼働能力がなく、生活保護費と、原告豊治の僅かな稼働収入が生計を支えており、生活の余裕はなく(一、1、(一))、住友生命保険利用による貸付金及びその解約金をバイクやテレビの購入等に当てている(一、4、(四))ものの、他には特段の収入があったとは認め難く、右生命保険料等や本件学資保険の保険料も、その原資は、保護費と原告豊治の薄給等が当てられていたと認めるほかはなく、また、本件学資保険についてはこれを利用して貸付けを受け、原告明子の修学のために使用してきており(一、2)、貸付分を返済しながら契約はそのまま継続し、返戻金は原告知子の高校進学に備えることも予定していた(一、3、(二)の梅崎の発言)とみられないこともない。
(二) しかしながら、保護費のみではなく、原告豊治の稼働収入も含めて生活費とされ、その区別は判然とし難いものがある上、生活保護は、現在から将来に向かっての生活を前提とし、被保護者に利用し得る財産があれば、まずそれを利用すべしとの前提に立ってされており、補足性の原理を定めた生活保護法四条、保護の最低基準を定める同法八条等もこれを原則としているということができるところ、原告豊治においても、届け出をしていた住友生命保険分のほかに千代田生命保険にも加入し(一、3、(一))、これから貸付けを受けるなどして利用し、さらに東京海上任意保険に加入していたのであり(一、4、(四))、これに本件学資保険を加えると、貸付けを受ける形で利用するとはいえ、原告豊治への支給額自体に生活保護の基準である最低生活の保障の範囲であったかについての疑問が残ることとなる。
(三) これを原告豊治世帯における具体的な活用の状況等の点からみても、原告豊治は、平成二年六月一九日に学資保険満期返戻金四四万九八〇七円の受領をしたものの(一、4、(一))、原告知子が高校に入学するとしても、それは翌々年の四月である上、紀子は、平成二年六月末に松尾に説明した際は、返戻金のうち、一五万円は費消し、三〇万円余は原告明子の就職支度金にする予定であるとの説明をしていたのであり(一、4、(二))、さらにテレビ購入等に使用したという住友生命保険分の七二万円余は、学資保険返戻金と同様の金融資産であって、これを区別するものはないのであるから、単に原告豊治及び紀子において、使途を決め、これらの金融資産を適宜、活用するというにすぎないこととなる。
(四) さらに、このような学資保険や生命保険等の解約返戻金等のある場合の保護行政上の取扱いの是非を検討すると、もともと、生活保護世帯の保険の保有は、危険対策を目的とする一定のものに限って認める扱いがされており(一、6、(三))貯蓄性の強い保険の保有は認められておらず、その根本の理由とするところは、生活保護自体が現にある保護状況に対処するもので、そのために保有する資産はすべて生活維持のために活用を求めるというのであり、前記一、6、(三)の生命保険についての運用もかかる考えに立つものということができる。したがって、生活保護法上の扶助と運用自体が保護の必要のある場合にその限度での扶助を前提としているといえるところ、要扶助の状態は流動的であり、収入や生活状況に応じ、原則としてその月毎に保護費を決定して支給するとの取扱い(甲六一ないし六五関係)は、一応合理的なものということができるのであって、かかる取扱いを否定するとすれば、これに対比し、より綿密詳細な生活状況の把握、収入の認定、保護の要否や程度、保険の原資や返戻金の使途等の調査をなすべきものとなるのであって、かかることなく、収入の申告等を指導し、適宜の調査にとどめるかは、結局、保護行政政策上の裁量ということができる。
しかして、前記一、4、(一)ないし(四)の原告豊治世帯における学資保険や生命保険の使途等に照らすと、本件学資保険の満期返戻金について、必ずしもその本来の目的に副うものではなく、貯蓄性が強いものとしてされた本件変更処分は、その行政庁である被告東福祉事務所長の裁量を誤ったものとはいえない。
(五) 右の点に関し、原告らは、本件学資保険の使用目的が高校修学にあることを前提として、原告豊治が本件学資保険の満期返戻金を受領したことが「収入」に該当するとしても、これは昭和三六年四月一日付発社第一二三号厚生省事務次官通達第7、3、(3)、カ「保護の実施機関の指導又は指示により、動産又は不動産を売却して得た金銭のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」にあたる収入であって、保護手続上も収入認定から除外されるべきものであったとの主張(第三、二、6)をするが、本件学資保険は、右にいう「動産、不動産」には該当しないというのが相当であり、また、一、4、(一)のとおり、当該東福祉事務所では明確に認識するには至らなかったものの、本件学資保険は満期により原告豊治に返戻されたのであって、被告東福祉事務所長が解約を指導指示した結果、解約がされて原告らが取得した金員ではないから、右原告らの主張の収入から除外されるべきものには該当しないというべきである。また、原告知子の自立助長のために保有されていたとしても、一、6、(三)のとおり、収入認定するか否かの取扱いについて、次官通達による保護の実施要領(乙一)は、第7、3、(3)のウ、エにおいては、いずれも自立更生を目的とし、これに当てられることが確実なものについての収入除外を認めているが、原告豊治及び紀子らの説明した使途が抽象的で、一定せず、使途等が自立更生に限定されていたと認め難いことは、右(三)で判断のとおりである。さらに、同通達の第7、2、(4)では、適当な者に預託されたときには、一定の間、除外する扱いがされることになっている(一、6、(四))が、一、4、(一)、(二)の経緯に照らすと、原告豊治、紀子において、この手続きを取る意思もなかったことが窺われるから、紀子によりされた収入申告を前提として、これに基づきされた本件変更処分に生活保護行政上の誤りがあるとはいえない。
なお、福岡市担当者の国に対する学資保険保有を認められたいとの意見の上申(甲五〇、梅崎証言)も、自立助長のための観点からされたことが認められるが、これも結局は、国の施策の向上を促すものというほかなく、これらの点が前記判断を左右するものではないというべきである。
(六) 以上のとおりであるから、本件変更処分が憲法や生活保護法の趣旨に反するとの原告らの主張(第三、二、1ないし6)は、いずれもこれを採用することができない。
4 その余の原告らの主張(第三、7、8)及び被告東福祉事務所長の対応、担当者らの指導指示の適否について
(一) 原告らは、本件変更処分は、法の下の平等に反するとしてるる主張するが、前記のとおり、紀子は、松尾に対し、学資保険満期返戻金のうち一五万円については生活費に当て、残りについては、長女の原告明子の就職の支度金にするつもりであると説明していたのであり、本件満期返戻が高校修学費用に当てられたと認めることはできないのであるから、これを前提とする原告らの主張は、失当である。また、一、3、4、(四)のとおり、原告らは本件学資保険の他に数口の生命保険に加入していたのであるから、原告豊治が他と不当に差別されているとの主張も失当というほかはない。
耐久財の購入等のために保護費を蓄えることとするのは、当該保護費支給の予定するところということができ、次官通達による耐久財購入のためにはこれを認め、学資保険分は否定するとの取扱いも、保護行政上の裁量による基準として不当ということはできないから、この点の原告らの主張は採用することができない。
さらに、告知聴聞についての主張を検討しても、どのような場合に告知聴聞をすべきかは、当該行政処分の性質如何によって定まるというべきものである。もともと、行政処分により権利、自由を制限したり、不利益を課したりする場合に告知聴聞等の手続きを求めることは、行政処分の適正性を担保するためにも必要というべきであるが、いかなる手続きが具体的に設けられるべきかは、当該行政処分の目的・性質等を勘案して個々具体的に定められなければならない事項というべきであるところ、生活保護法六二条四項は、「前三項のとおり保護変更処分をするときは、当該被保護者に対し、弁明の機会を与えなければならない。」として事前弁明の機会を与えているけれども、同条項は、同条一ないし三項から明らかなとおり、保護の実施機関が指導指示をしたのに、これに従わなかった場合の処分についての定めであり、本件変更処分が指導指示に違反する制裁としての性格のものではないことは、一で認定の経過からも明らかである。そして、同法二五条二項、二四条二項等を総合しても、保護者の生活状態の調査と保護の変更の際には、書面をもって被保護者に通知することなどが求められているものの、告知聴聞等の手続きについては何らの規定がないことからすると、本件のような変更処分には、告知聴聞等自体が求められていないと解するのが相当である。
もっとも、右法六二条の趣旨は尊重されるべきである上、不利益処分についての指導指示等について、法二七条二項は、被保護者の自由を尊重し、必要最少限度に止めることを規定しているから、さらに本件について、前記変更処分に至るまでの経過について検討しても、被告東福祉事務所長の平成二年一月末の原告豊治の妻紀子に対する学資保険の解約指導後、紀子は、同年四月梅崎らとともに松尾に面談して説明を求め、あるいは抗議しており、しかも松尾からのアドバイス等もされた後に収入申告がされたのであって(一、3、4)、かかる本件変更処分に至る経緯に照らせば、原告豊治及び紀子に対しては、実質的な弁明の機会は、十分にあったと認めるのが相当である。したがって、この点の原告らの主張も採用することができない。
(二) また、原告豊治世帯の担当ケースワーカーである松尾において、紀子に対し、本件学資保険の解約を指示したことは、一、3のとおりであって、また、原告知子の進学の希望の有無等も事前に調査、確認をし、より詳細に収入や使途等を調査していれば、紀子らの真の意図も知り得たとはいえるが、同学資保険は満期で返戻がされていた上、松尾において原告豊治に対し、事後に聴取した結果も一、4、(四)のとおりであって、使途等については要領を得ないものであったことに照らすと、松尾さらには被告東福祉事務所長が本件変更処分をするについて、その裁量を誤ったとは到底評価することができない。
5 以上のとおりであって、本件変更処分は、生活保護法所定の手続きのもとにされたものであって、憲法の最低限度の生活の保障の趣旨や生活保護法の条項等に反する違法なものとは、認めることができず、被告東福祉事務所長らの対応にも責められるべき点があるとはいえないから、被告国らに不法行為による責任があるとの原告らの主張もこれを採用することができない。
四 以上のとおり、第一事件については、原告豊治が死亡したことにより同原告の訴訟は終了したものであり、原告明子、同知子の同事件の訴訟については、いずれも原告適格がないから、その訴えを却下することとし、第二事件については、原告らの損害賠償の請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとし(なお、原告明子、同知子は、原告豊治の死亡により同人の訴訟を承継した旨の主張をしながら、損害賠償請求の趣旨を増額変更しないが、原告明子らが相続した旨の遺産分割協議書を添付した意見書を提出しており、亡原告豊治の第二事件の訴訟承継人であることを明示することとする。)、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九三条、九五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官牧弘二 裁判官横山秀憲 裁判官小島法夫)